公開日:2013-02-18
マグネシウムと健康:栄養、医薬品、環境の観点から
2012年、順天堂大学医学部衛生学、清泉女子大学人文科学研究所の研究者らは、マグネシウムと健康:栄養、医薬品、環境の観点からの総説論文を発表しました。
大変興味ある総説内容なので、その概要を一部引用し以下にハイライト致します。
1. マグネシウムと栄養
マグネシウム(Mg)は1926年以来、必須元素であることが知られている。日本人のMgの食事摂取基準は、18~29才の場合1日当たり男性340mg、女性270mg、妊婦+40mgである。最近では大麦、雑穀類の摂取が減り、無意識にとっていたMg摂取量の減少が肥満に因らないインスリン抵抗性を介して2型糖尿病の増加の原因の一つと考えられている。
2. 医薬品としてのマグネシウム
酸化マグネシウム(MgO)が緩下剤や制酸剤として古くから使われていることはよく知られている。MgOの副作用問題が浮上し、2008年TVニュースで「便秘薬で副作用、15人中2人死亡」と報じられた。
日本マグネシウム学会で、MgO副作用問題検証ワーキンググループが組織され(責任者東京慈恵会医科大学横田邦信教授)、まずMgOによる「高マグネシウム血症」が疑われた15例について精査が行われた。15例中10例に腎臓障害があった(注:実際には後に15例中13例に腎臓障害が判明)。2死亡例の臨床的検証では、1例は86歳女性で、死因は敗血症および消化管壊死であり、急性腎不全があった。もう1例は78歳男性、高度な便秘で著明な腹部膨満(腸管拡張)があり、高マグネシウム血症は血液透析により改善したが血圧が保てず翌日死亡した。これらのことから情報不足等により被疑薬と死亡との因果関係が評価できないと判断された。いずれもMgO服用と死亡との直接的因果関係が科学的・医学的に立証できない可能性が判明した。第29回日本マグネシウム学会総会(2009年11月28日鹿児島大学)で学会会見を行った。日本人のMg摂取は必ずしも十分とは言えず、さらなる摂取不足を妨げる意味からも、OTC医薬品としての分類は第2類とせず、第3類(現状のまま)とする要望書を厚生労働省へ提出した。(注:平成21(2009)年11月6日 厚生労働省薬事・食品衛生審議会医薬品等安全対策部会が開催され、酸化マグネシウムのリスク区分は現行の第3類のままとすることを了承しました)
3. 環境とマグネシウム
a. 突然死
1990年代にシンガポールでタイ人労働者の突然死が社会問題化した。若い健康な男性が睡眠中に死亡し、検死では病理学的に原因が特定できない。当時、突然死としては日本のポックリ病、フィリピンのバゴオン(Bangungut)、アメリカ(USA)で東南アジアからの難民にみられる死亡例が知られていた。
(1) ポックリ病(青壮年急死症候群)
健康的な体躯で、ごく普通の日常生活をしていた若い男性がある日就寝中にうなり声を挙げて急死する例が昭和20年代後半に東京23区内に年間約100件発生していた。
(2) Lai Tai
タイではLai Tai (ライタイ) という東北タイ人に多発する風土病があった。ライタイとはタイ東北部の方言で、原因不明の突然死のことで、通常就寝中に起こるとされ50年以上に亘って固有の地域住民に知られていた。1980年代からシンガポールでタイ人出稼ぎ労働者の突然死が多発し、1982年~1990年までに235人が、1991年~1994年までには163人がタイ人突然死として届けられている。
b. Lai Tai Project
タイ東北部には若い女性の疾患として遠位尿細管性アシドーシス(EdRTA)が知られており、EdRTA とLai Taiは発症地域が地理的に重なるため、タイの医師らはこの二つの風土病は関連があると考えた。EdRTAはカリウム(K)欠乏が一要因ではないかと考えられ、日本の腎臓専門家がマヒドン大学シリラージ病院の内科医らとの共同研究を始めメンバーに加わり、現地で試料を得て、日本へ持ち帰り分析した。
c. 分析試料と分析結果
東北タイは岩塩地帯であり、地下水を汲み上げ、炎天下で水分を蒸発させる方式の製塩業があり、試料を分析してみたところ、Mg濃度が非常に低値(検出限界以下)であることに気付いた。そこでまず塩を中心に元素濃度の分析を行った。
(1) 食料用の塩
(i) 航空機機内食に添付されている塩
タイ航空、日本航空(JAL)、全日空(ANA)、シンガポール航空、インド航空、中華航空(台湾)の塩を分析したところ、タイ航空の塩には国際線、国内線ともにMgは検出限界以下であり、K濃度も低値であった。日本の2社と中華航空のものがMgおよびK濃度が高値であった。日本では海水から製塩すること、輸入塩もオーストラリアなど海水を原料としている国であることからMg濃度が高値であることが理解された。
(ii) バンコク、コンケンで入手した塩
コンケンの日常品店で買った塩、バンコクで入手したヨウ素添加塩、レストランの卓上塩、コンケンの男性患者および女性患者の家で使っている塩、日本の食卓円(専売公社製)を分析した結果、Mgは女性患者の家で使用しているものが最も低値で、次にレストランの卓上塩、日常品店で買った塩であり、日本の食卓塩に比べると低値であることから、岩塩と海水由来塩の混合が使われているのではないかと考えられた。
(2) 食事
塩中のMg濃度が低値であるのは事実であるが、塩の使用料は1日10g前後であり、それが突然死の引き金になるとは考え難い。住民の食生活について調査したところ、ほとんどのエネルギー元は米であり、もち米が主体である。
(i) 患者の食事
コンケンの男女の患者の食事を分析した結果、外観は白色粥状で各元素濃度は米を含まないものより低く、米は元素に関しては希釈剤のような役目をしていると考えられた。
(ii) もち米とうるち米
(iii) 炊飯ステップごとの元素濃度
もち米は一夜水に漬け、その後に蒸す。もち米とうるち米について20℃の水に一夜浸け、その後20分蒸した。ステップごとに元素濃度を測定した。Mgに関しては一夜水に漬けることで約58%が、さらに蒸すことで17%が失われ、食べるときには炊飯前の約25%しか残っていない。Kに関しては一夜水に漬けることで約80%が、さらに蒸すことで8%が失われ、食べるときには炊飯前の約12%しか残っていない。
以上の実験結果およびその地域の生活習慣からLai Taiの原因は栄養の関与が大きく、特にMgまたはKの摂取量と関係があるのではないかと考え、そこで動物実験を行った。
d. Mg欠乏動物実験
(1) 使用動物
雌雄マウス。
(2) 飼料
Mg欠乏食、Mg・K欠乏食、およびそれらの対照となる基礎食。
(3) 飲料水
原則として脱イオン水とした。
(4) 生存率
Mg欠乏食群では1週間後から死亡し始め、性差は認められなかった。Mg・K欠乏食群では、雄は2週間後から死亡し始め、23日後には全例が死亡した。雌では21日目から死亡し始め、39日後に全例が死亡した。明らかな性差が認められた。
(5) 臓器中MgおよびK濃度
各臓器中の元素濃度を測定した。血漿中Mg濃度は対照群(コントロール)の1/3に低下しているにもかかわらず、心筋及び腎臓では雌雄ともに正常値を維持していた。雄ではその他測定した全ての臓器(脳、肝臓、腎臓、肺、筋肉、骨、赤血球)でMgは対照群に対して有意に低下していた。雌では骨、赤血球、血漿の濃度が有意に低値であった。雄の恒常性維持機能が雌よりも脆弱であることが観察された。K濃度に関しては雄の肝臓中濃度が有意に低値であった以外は対照群の値と有意な差はなかった。
(6) 性ホルモンへの影響
Mg・K欠乏食で2週間飼育した雄のテストステロン、雌のエストロゲンを測定した。雄はMg・K欠乏食で2週間飼育することによりテストステロンは極端に低下したが、雌のエストロゲン濃度は対照群と同レベルであった。
以上の結果からMgまたはMg・K欠乏に対して雄の恒常性維持機能は雌よりはるかに脆弱である。原因不明の突然死が若い男性に起こるということはMgまたはMg・Kの欠乏との関連を示唆するものであることは明らかである。Mg サプリメントを与えることで出稼ぎ労働者の突然死は防げる可能性はある。
e. 結石の分析
4. 結語
“マグネシウム“は決して珍しい元素ではないが、生命維持には不可欠であり、極端な不足は早期に死を招く興味深い元素である。Mg不足に対して雄マウスの恒常性維持機能は雌マウスより脆弱であること、血漿Mg濃度が正常値の1/3に低下しても心筋と腎臓のMg濃度は正常値を維持していることが明らかとなった。食事、環境の関与も示唆された。当初は心筋中のMg濃度が正常値を維持できなくなった時に突然死が誘発されるのではないかと考えていたが、最近の実験結果からはもっと複雑な要因が絡み合って関与していると考えている。Mg不足は運動不足や肥満によらない2型糖尿病の原因にもなることが明らかにされている。
参考文献:
千葉百子, 篠原厚子, 松川岳久: マグネシウムと健康:栄養、医薬品、環境の観点から. Biomed Res Trace Elements 22:59-65, 2011
【コメント】
この総説論文は、マグネシウムと健康について栄養、医薬品、環境の観点から、特にマグネシウムは生命維持には不可欠であることを纏められています。千葉百子先生らは、タイ人労働者の突然死が社会問題化した原因の解明のため、現地の食塩・食事のマグネシウムを含む元素濃度の測定、そしてマウスによるマグネシウム欠乏の動物実験により、原因不明の突然死がMgまたはMg・Kの欠乏との関連のエビデンスを提供されました。また、結語に、“Mg不足は運動不足や肥満によらない2型糖尿病の原因にもなることが明らかにされている。”と、述べられています。
千葉百子先生の論文に関し、MAG21研究会のホームページで以下のサイトにて取り上げてきました。
なお、2008年に起きた酸化マグネシウム副作用報告の問題に関し、MAG21研究会のホームページで2008~2010年、以下のサイトにて取り上げてきました。MAG21研究会では、独自に調査した結果も公表してきました。
酸化マグネシウムは、当ホームページにも掲載していますように極めて安全で長い歴史のある便秘薬として年間延べおよそ 4500万人に使用されています。厚生労働省は今まで通り一般薬として了承し、今後も医療機関、薬局、ドラッグストア、インターネットなどで求めることが可能です。
2008.12.10 「便秘薬で副作用15件2人死亡」のニュース
2009.01.27 「便秘薬で副作用」のニュース -第2弾-
2009.03.26 日本マグネシウム学会が学会見解・要望書を厚生労働大臣に提出
2009.05.18 厚労省 酸化マグネシウムのリスク区分再検討へ
2009.05.22 厚労省 酸化マグネシウムの区分、新手順で再審議へ
2009.06.10 酸化マグネシウム添付文書見直しを-日本マグネシウム学会が要望書提出
2009.08.14 厚労省調査会は6日、酸化マグネシウムのリスク区分について審議
2009.10.02 8/6 厚労省安全対策調査会議事録公開
2009.11.21 11/6 厚労省安全対策部会 酸化マグネシウムのリスク区分第3類のままで了承
2010.01.12 11/6 厚労省安全対策部会 酸化マグネシウムのリスク区分配布資料
2010.03.02 11/6 厚労省安全対策部会議事録公開
マグネシウムに関する様々なご質問を心からお待ちしております。