公開日:2018-02-10
2017年、オランダErasmus MC-University Medical Center Rotterdam; and Inspectorate of Health Care Utrechtの研究者らが、“血清マグネシウムは認知症リスクと関連” と題した研究報告をしたので、その論文概要を紹介します。
目的
血清マグネシウム値が全ての原因の認知症(アルツハイマー病、血管性認知症、パーキンソン病認知症を含む)およびアルツハイマー病のリスクと関連しているかどうかを決めることです。
方法
前向き人口ベースのロッテルダム研究では、ベースライン時(1997~2008年)に認知症のない参加者9569人の血清マグネシウム濃度を測定しました。
参加者は、2015年1月1日までDSM-III-R基準に従って判定された認知症の発症について追跡調査しました。
解析は、Cox比例ハザード回帰モデルを使用し、血清マグネシウムの五分位[(血清マグネシウム値を5等分に振り分け、第1五分位(最低値群の基準を1として)対第5五分位(最高値群)などを比較する)]と認知症の発症との関連づけを検討しました。
第3五分位を基準/参照群として使用し、年齢、性別、ロッテルダム研究コホート、教育水準、心血管リスク因子、腎機能、併存疾患、他の電解質および利尿剤の使用を調整しました。
結果
研究対象者は平均64.9歳、女性は56.6%でした。
追跡期間中央値7.8年間に、823人の参加者が認知症(うち662人がアルツハイマー病)と診断されました。
低血清マグネシウム値(≤0.79 mmol/Lあるいは1.9 mg/dL以下)および高血清マグネシウム値(≥0.90 mmol/Lあるいは2.2 mg/dL以上)は、認知症リスクの増加と関連していました(ハザード比[HR] 1.32, 95%信頼区間[CI] 1.02-1.69、HR1.30, 95%CI 1.02-1.67)。
(注釈: ハザード比[HR] 1.32とは、第3五分位の基準を1とし、第1五分位の低血清マグネシウム値群と比較すると認知症リスクが1.32倍あるいは32%増加すると言う意味です。)
なお、論文の表1試験集団(9569人)のベースラインの特徴には、糖尿病歴977人(10.2%)、脳卒中歴305人(3.2%)、心不全歴240人(2.5%)、利尿剤の使用875人(9.1%)がありました。
表2 血清マグネシウム値と認知症発症の関連(一部抜粋)
血清マグネシウム濃度は比色測定法にて定量。
血清マグネシウム基準値: 0.7~1.10 mmol/L(1.7~2.7 mg/dL)
*日本の血清マグネシウム基準値(キシリジル・ブルー法): 1.8~2.6 mg/dl
研究対象者の血清マグネシウム値は0.34 mmol/L(0.83 mg/dL)~1.17 mmol/L(2.84 mg/dL)の範囲でした。
低マグネシウム血症0.7 mmol/L(1.7 mg/dL)未満が108人で、高マグネシウム血症1.10 mmol/L(2.7 mg/dL)以上が2人認められました。
結論
低および高血清マグネシウム値の両方が、全ての原因の認知症リスク増加と関連していました。 我々の結果は、他の人口ベースの研究においての追試が望まれます。
参考資料:
Kieboom BCT, Licher S, Wolters FJ, Ikram MK, Hoorn EJ, Zietse R, Stricker BH, Ikram MA. Serum magnesium is associated with the risk of dementia. Neurology 89:1716-1722, 2017
doi: 10.1212/WNL.0000000000004517. Epub 2017 Sep 20.
http://n.neurology.org/content/early/2017/09/20/WNL.0000000000004517
【コメント】
この研究は、オランダ人の前向きコホート研究でおよそ8年間の追跡調査結果を発表したものですが、幾つかの矛盾・問題点が散見します。
1.オランダの血清マグネシウム基準値0.7~1.10 mmol/L(1.7~2.7 mg/dL)は、日本の基準値と同様に非常に狭い範囲内ですが、基準値内で0.1 mg/dL毎の厳しい条件下で五分位に振り分けて認知症の発症リスクと関連づけしているので、結果は正確な関係を過大評価する可能性が高いと言えます。この論文の考察で、研究対象者の血清マグネシウムは、ベースライン時1回の測定だけしかされていないことにも限界があるかも知れません。
またマグネシウム値の正確な測定には採血後出来るだけ速やかに血清分離しないと 時間の経過とともにマグネシウム濃度が変化し、そのような変化が結果に影響している可能性もあります。
2.試験集団(9569人)のベースラインの特徴には、糖尿病歴977人(10.2%)、脳卒中歴305人(3.2%)、心不全歴240人(2.5%)、利尿剤の使用875人(9.1%)が含まれていますが、これらの病歴は低血清マグネシウムと深く関連があるので、やはりバイアスが存在して結果は正確な関係の過大評価に繋がるかもしれません。
3.当論文の考察に記載されていますが、オランダの研究者らの結果「低および高血清マグネシウム値の両方が全原因認知症リスク増加と関連している」は、これまでに発表されている2つのケースコントロールスタディーで示されたアルツハイマー病患者に於ける高血清マグネシウム、そして他の2つのケースコントロールスタディーで示された低血清マグネシウムの結果を“支持”すると言及しています。それぞれのケースコントロールスタディーの結果は矛盾する所見であって、オランダの研究は低および高血清マグネシウムの両方の結果となり、矛盾に対し更に矛盾が出ている点は極めて理解しづらい点があります。この為か研究者らは「我々の結果は、他の人口ベースの研究においての追試が望まれます。」と述べています。
4.当論文の考察に記載されていますが、オランダの研究結果は日本の人口コホート研究結果「自己報告された高いマグネシウムの食事摂取量は、全原因認知症リスクの低下と関連している」と“似ている”と記載していますが、それも大きく矛盾しています。すなわち、高いマグネシウムの食事摂取量は通常、血清マグネシウム値も高くなり認知症リスクの低下と関連するのに対し、オランダの研究結果は、高血清マグネシウムが認知症リスク増加と関連すると報告していますが、“似て”もなく大きく矛盾しています。
なお、日本からの引用論文は九州大学の久山町研究です。
Ozawa M et al. Self-reported dietary intake of potassium, calcium, and magnesium and risk of dementia in the Japanese: the Hisayama Study. J Am Geriatr Soc 60:1515-1520, 2012
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/22860881
なお、マグネシウムの摂取量が少ない(若しくはマグネシウムの排泄が多い、マグネシウムの神経細胞内取込みが多い)場合には、血清マグネシウム値が低下すると推測されます。従って、マグネシウム摂取が少ないと認知症リスクが増加するので、日本の報告と一致します。しかし、血清マグネシウム値の上昇は、上記と逆の現象により発生するので、神経細胞内マグネシウムの取込みが低下し、血清マグネシウムが増加する場合もあるので、認知症に罹患した人の神経そのものに何らかの原因がある場合も考慮する必要があると推測されます。
5.オランダの血清マグネシウム基準値内0.7~1.10 mmol/L(1.7~2.7 mg/dL)で、低い血清マグネシウム値(≤0.79 mmol/Lあるいは1.9 mg/dL以下)は認知症リスクを32%増加し、高い血清マグネシウム値(≥0.90 mmol/Lあるいは2.2 mg/dL以上)は認知症リスクを30%増加することは、認知症の予防観点からすると基準値内で低くても高くてもリスクが30%位あると説明するのは難しく、また、過不足以外0.80~0.89 mmol/L (1.9~2.2 mg/dL)の非常に狭い範囲の血清マグネシウ値ならリスクが低いので守りましょうと説明するのも難しいと言えます。
なお、日本の血清マグネシウム基準値内1.8~2.6 mg/dlで考慮すると、低い血清マグネシウム値1.9 mg/dL以下は最低値レベルで、高い血清マグネシウム値2.2 mg/dL以上は中間値以上のレベルで認知症リスクが30%高く、また、過不足以外2.0~2.1 mg/dLの非常に狭い範囲の血清マグネシウ値ならリスクが低いので守りましょうと説明するのも難しいと言えます。
この論文に関し、神戸新聞が平成30(2018)年1月11日付16面の最前線ファイルに「マグネシウムが認知症リスクに」と題する小記事を掲載していますが大きな問題点が幾つかあります。
まず、記事のタイトル「マグネシウムが認知症リスクに」は不正確で、論文のタイトルは「血清マグネシウムは認知症リスクと関連」なので、タイトルは出来るだけ正確に「血清マグネシウムが認知症リスクに」にすべきです。この為、読者は血清マグネシウのことではなく、一般的なマグネシウム(食品、サプリメント由来など)摂取が認知症になると大きな誤解を招きます。当神戸新聞記事を読まれた方からMAG21研究会にも、“マグネシウムを摂ると認知症になるのか”との問い合わせが来たので、返答に困りました。
次に、研究論文の出典は単に“オランダの研究グループが発表した”とだけ記載し、研究者名、研究機関名、雑誌名などは記載していません。この為、記事の信憑性が疑われました。更に、記事は、マグネシウム濃度が最も高いグループと低いグループの認知症を発症するリスクについてのみ記載していますが、当論文の矛盾・問題点などについては全く触れていません。
MAG21研究会のホームページでは、マグネシウムと記憶などとの関連記事を掲載しています。
2015-03-11 マグネシウム投与による大うつ病の早期回復
2012-07-13 脳内マグネシウムが長期記憶に重要
2008-05-01 『治療学』に横田先生の論文が掲載
マグネシウムは健康にとってとても重要な必須・主要ミネラルです。にも拘わらず、長年にわたりほとんどの医師がこの不可欠なミネラルの血中マグネシウムを測定することもしませんし、様々な臨床症状も見過ごして来たのが現実です。
マグネシウムの摂取不足は虚血性心疾患、高血圧・糖尿病・メタボリックシンドロ-ムなどの生活習慣病、喘息、不安とパニック発作、うつ病、(慢性)疲労、片頭痛、骨粗鬆症、不眠症、こむら返り、PMS(月経前症候群)、胆石症、尿路結石、大腸がん、すい臓がん、動脈硬化、全身性炎症性疾患、悪阻、そして長期記憶、アルツハイマー病など様々な疾病・病態とも密接に関連しています。
マグネシウムに関する様々なご質問を心からお待ちしております。