公開日:2012-07-13
脳内マグネシウムが長期記憶に重要
2012年6月、東京都医学総合研究所、東京薬科大学、首都大学東京、米国ウイスコンシン大学の共同研究グループは、NMDA受容体におけるMg2+ブロックはCREBに依存性の長期記憶に関連する遺伝子の発現誘導に必須であるとの研究報告をしたので、その論文概要を紹介します。
なお、筆者らの日本語による「要約」を以下に引用します。
NMDA受容体はMg2+ブロックという機構をもち、これにより、シナプス後細胞は興奮していないときにはNMDA受容体を介したCa2+の流入が抑制されている。これまで、NMDA受容体は連合学習の成立や長期記憶の形成に必要であることが示されてきたが、Mg2+ブロックがこれらにおいてどのような役割をはたしているかは不明であった。
筆者らは、Mg2+ブロックを欠損した変異NMDA受容体を発現するトランスジェニックショウジョウバエを作製し、Mg2+ブロックは連合学習の成立には不要だが、長期記憶の形成には必須であることを示す結果を得た。このトランスジェニックショウジョウバエにおいては長期記憶学習に応じ転写因子CREBに依存して上昇する、長期記憶あるいは長期増強に関連する遺伝子の発現が顕著に抑制されていた。興味深いことに、Mg2+ブロック変異NMDA受容体トランスジェニックショウジョウバエの脳においては抑制型CREBの発現が顕著に増加していた。抑制型CREBの発現量と長期記憶の形成阻害とには顕著な正の相関があり、このトランスジェニックショウジョウバエでみられた長期記憶の形成阻害の一因は抑制型CREBの発現上昇にあることが示唆された。
こうした結果から、Mg2+ブロックの生理的な役割は学習を行っていない定常状態においてNMDA受容体を介したCa2+の流入を阻止して抑制型CREBの発現を抑制することであり、これにより、長期記憶学習のときにCREBに依存した遺伝子発現は可能となることが示唆された。
© 2012 宮下知之・齊藤 実 Licensed under CC 表示 2.1 日本
論文要約中の略語:
NMDA受容体、N-methyl-D-asparate receptor、N-メチル-D-アスパラギン酸受容体
CREB protein、cAMP response element-binding protein、cAMP応答配列結合タンパク質
参考文献:
Miyashita T, Oda Y, Horiuchi J, Yin JC, Morimoto T, Saitoe M. Mg(2+) Block of Drosophila NMDA Receptors Is Required for Long-Term Memory Formation and CREB-Dependent Gene Expression. Neuron 74:887-898, 2012
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/22681692
この研究論文(日本語)は以下のサイトに掲載されています。
ライフサイエンス 新着論文レビュー
NMDA受容体におけるMg2+ブロックはCREBに依存性の長期記憶に関連する遺伝子の発現誘導に必須である
http://first.lifesciencedb.jp/archives/5151
【コメント】
この研究では、遺伝子操作により脳内マグネシウムと長期記憶学習との関係について検討したことに大変重要な意義があると言えます。
アルツハイマー病の患者さんや老化した人の脳ではマグネシウムイオンが少なくなっていると言われています。今後の更なる研究により、年齢を重ねてもマグネシウムが充分摂取されることにより学習記憶が改善することを期待されます。
また、2010年1月、米国マサチューセッツ工科大学(MIT)利根川進教授らの研究グループは、脳内マグネシウムと学習記憶との関係についての研究論文『脳内マグネシウムを上昇させることによる学習記憶の向上』について報告しました。
Slutsky I, Abumaria N, Wu LJ, Huang C, Zhang L, Li B, Zhao X, Govindarajan A, Zhao MG, Zhuo M, Tonegawa S, Liu G. Enhancement of learning and memory by elevating brain magnesium. Neuron 65:165-77, 2010
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/20152124
マグネシウムに関する様々なご質問を心からお待ちしております。