妊娠時明け方にこむら返りが起きやすいのは何故か?

公開日:2021-08-11

MAG21研究会のメンバーで東京慈恵会医科大学客員教授・慈誠会病院産婦人科部長
恩田威一先生の論文『妊娠時明け方にこむら返りが起きやすいのは何故か?』が、相模原市医師会報2021年6月号の会員寄稿に掲載されたのでお知らせします。

妊娠時明け方にこむら返りが起きやすいのは何故か?

慈誠会病院 恩田威一

妊婦に明け方足を動かそうとした時に腓(こむら)返りがあり一日中痛いと訴える人がいます。妊婦の40~60%が足がつりやすくなると言われています。どうしたら良いかの相談を受ける事があります。

系統的レビューには、一般的には以下の介入の有効性と安全性に関する情報が提示されています。抗てんかん薬、カルシウム塩、圧迫ホーザリー、マグネシウム塩、マルチビタミンとミネラルのサプリメント、キニーネ単独またはテオフィリンとの併用、塩化ナトリウム、ストレッチ体操等です。

妊娠中のこむら返り治療法に関しては1954 年のPubmed にCalcium therapy for neuromuscular irritability in pregnancy の記載が有ります。学生時代の教科書にもカルシウム不足が原因と記載されています。腓腹筋痙攣を起こした妊婦にカルシウムを投与すると血清中カルシウム濃度が上昇して症状の改善が見られたとの報告が散見されます。神経細胞外のCa2+ 濃度低下は、Na+ チャネルへの影響を介して、神経細胞の脱分極を起きやすくさせ、興奮性を高めると考えられています。つまり、細胞外Ca2+ は、2 つの機序でNa+ チャネルに影響します。一つはNa+ チャネル開口率の電位依存性を変化させる効果、もう一つはNa+ チャネルの透過性の変化です。低カルシウム血症においてみられる痙攣は興奮性の高まった神経の刺激により筋肉収縮が生じます。

しかし、図1 のように妊娠中の血清イオン化カルシウム濃度は妊娠する前と大きな変化はありません。低カルシウム血症がこむら返りの直接の原因とは考えるのには少し無理があるように思われます。私が日本産科婦人科栄養代謝研究会で「こむら返りは何故明け方に起きやすいか?」を報告した事があります。この事を中心にお話をしたいと思います。

糖尿病患者の約30%に腓腹筋痙攣を認めます。その原因は尿にマグネシウムが失われ血液中及び筋肉中のマグネシウムが低下する事がこむら返りの主な原因と考えられます。ラグビー、マラソンなど激しい運動をした時に、こむら返りを起こす人がいます。西牟田守らが激しい運動をした時に使った筋肉からマグネシウムが失われる事を報告しています。これらのことから筋肉内のマグネシウムの低下がこむら返りの原因と思われます。食事でマグネシウム摂取により改善が見込めます。山崎峰夫らが妊婦細胞内のマグネシウムが妊娠初期に増加し妊娠中期以降に妊娠前の状態に戻る事を報告しています(図2)。血清マグネシウムは妊娠初期から妊娠末期に向けて減少し続けます。妊婦のこむら返りは、細胞内マグネシウムの増加する初期には頻度が少なく、細胞内マグネシウムと血清マグネシウムが共に減少する中期以降に多発します。このことからマグネシウムの影響が大きいと考えられます。

図1. 妊娠時の血清電解質 Newman, Obstet.Gynec. 1957;10:51 改変(妊娠時の測定値が1)

図2. 妊娠時の細胞内マグネシウム 枡田充彦ほか. 妊娠中毒症妊婦における細胞内Mgイオン濃度の動態. 日妊娠中毒症会誌1999 ; 7 : 1-7

横田邦信氏はメディカルノート(QR コード)の中で「マグネシウム不足を予防するために日常の食生活ではマグネシウムの多い食材を意識して取ることも重要です。マグネシウムを食事だけでは十分に取れない場合は、栄養機能食品やサプリメントなどを利用してもよいでしょう」と述べております。血清中マグネシウム値の低下は筋繊維内のマグネシウムの低下し、僅かな刺激で筋収縮は易収縮性となり、逆に低マグネシウム血症の改善により筋繊維内のマグネシウムが増加し、痙攣が改善されると考えられます。西牟田守氏は軽い運動をすると使った筋肉にマグネシウムが取り込まれる事を報告しています。軽い運動をして筋肉に取り込まれたマグネシウムは夜間運動を止めていると筋肉中から放出され、筋肉中のマグネシウム濃度が低下してこむら返りが起きやすくなると考えられます。伊藤博之氏はマタニティスイミングやマタニティビックスをしている妊婦ではこむら返りの訴えが少なく、右側の足に起きやすい人は何時も右側に、左側の足に起きやすい人は左側に起きやすいと述べております。日常の作業に使った筋肉に取り込まれたマグネシウムが放出される明け方にこむら返りが多いと推測しております。

つまり、こむら返りを予防するためにはマグネシウムを摂取し、さらに軽い運動を追加する事が必要です。特に血清マグネシウム濃度低下時には格別の配慮が必要と考えます。甲状腺機能亢進では血清マグネシウム値が低くなりやすく、逆に甲状腺機能低下時や腎機能低下時には血清マグネシウムは高値になりやすくなります。

マグネシウムのこむら返り予防効果を検討する実験はマグネシウムの摂取と軽度運動負荷を組み合わせた実験がなされるべきであると考えます。経験的に妊婦にはマグネシウムの食事摂取と就寝前に腓腹筋のストレッチを指導すると経験上約9 割の人が予防できます。無効時には神経の易刺激性改善を目的にカルシウムの追加摂取も有効と考えます。こむら返りが発症した時には攣った側の足のストレッチが有効です。因みに足のつりの治療に用いられるツムラ芍薬甘草湯エキス顆粒(医療用)にも一日換算量で11.8mg の少量のマグネシウムが含まれています。栄養機能食品の一つにマグネフォースがあります。飲食物に適量を滴下して使用するのでマグネシウム摂取が容易です。

カルシウムとマグネシウムの生理的作用は、インスリン受容体のインスリン感受性を高める事、及び、ランゲルハンス島でのインスリン分泌に関してはお互いに協力しますが、基本的に拮抗します。こむら返りにカルシウムを用いたりマグネシウムを用いたりするのは一見矛盾しているように思われます。しかし、カルシウムは神経の易刺激性を改善するのに対して、マグネシウムは筋肉の易収縮性を改善します。マグネシウムとカルシウムは互いに協力してこむら返りを予防します。

マグネシウム摂取不足に関しては此まで重要視されなかった長い歴史があります。本邦では黎明期より、横田邦信によってメタボリックシンドローム予防と治療にマグネシウム摂取の重要さが見直されています。

千葉百子氏はタイ東北部の風土病であるライタイ(予期不能突然死症候群)の現地調査を行ない、犠牲者は若い男性が圧倒的に多く、その要因としてマグネシウムとカリウムの欠乏が大きく関与すると考え、性差が大きく影響している事を報告しております。避妊ピルを用いた実験ではピルを用いると細胞内マグネシウムが増加することが知られています。小谷恵氏は低マグネシウム低カルシウムをラットに与えた予備実験で、カルシウムがより多く含まれている低マグネシウム食餌を与えたら生命的予後不良であったと報告しております。低カルシウム食の健康に対する影響について様々な報告があります。最近の報告では、高谷淳二氏が低カルシウム食母獣からの仔雄ラットはインスリン抵抗性を獲得すると述べています。ミネラルの適量摂取に心がけることが重要と考えます。(相模原市医師会より掲載許諾を得ています)

参考資料:
恩田威一: 妊娠時明け方にこむら返りが起きやすいのは何故か?.相模原市医師会報 58:415-418, 2021

【コメント】

恩田威一先生が『妊娠時明け方にこむら返りが起きやすいのは何故か?』について解説されているので紹介いたしました。妊娠女性の40~60%が足がつりやすくなると言われ、こむら返りは細胞内マグネシウムの増加する初期には頻度が少なく、細胞内マグネシウムと血清マグネシウムが共に減少する中期以降に多発するので、食事性マグネシウム摂取量を増やす必要があります。



さらに、厚生労働省が5年毎に公表しているマグネシウムの食事摂取基準(mg/日) 「日本人の食事摂取基準(2020年版)」によると、1日当り推奨量は30~49歳の女性290 mg/日、妊婦(付加量)+40 mgとされているので、妊娠女性はマグネシウムをさらに摂取しなくてはなりません。

マグネシウムはカルシウムの陰に隠れて来た永い歴史があります。わが国の国民一人当たりのカルシウム摂取量は、厚生省(当時)が国民栄養の現状として戦後1946年来毎年調査報告し、厚生労働省が国民健康・栄養調査として2003年来毎年調査報告しています。一方マグネシウム摂取量は、カルシウムの調査報告より55年後の2001年から厚生省が調査報告を開始しました。カルシウムと比較し、マグネシウムはそれほど研究されていない“オーファン栄養素(Orphan nutrient)”です。この為、マグネシウムに関する国の認知が相当遅れたため国民の認知が更に遅れています。

マグネシウムは健康にとってとても重要な必須・主要ミネラルです。にも拘わらず、永年にわたりほとんどの医師がこの不可欠なミネラルの血中マグネシウムを測定することもしませんし、様々な臨床症状も見過ごして来たのが現実です。

マグネシウムの摂取不足は虚血性心疾患、高血圧・糖尿病・メタボリックシンドロ-ムなどの生活習慣病、歯周病、喘息、不安とパニック発作、うつ病、(慢性)疲労、片頭痛、骨粗鬆症、不眠症、こむら返り、便秘、PMS(月経前症候群)、悪阻(つわり)、胆石症、尿路結石、大腸がん、すい臓がん、動脈硬化、全身性炎症性疾患、そして長期記憶、アルツハイマー病など様々な疾病・病態とも密接に関連していることが基礎的・疫学的・臨床的研究でも明らかにされています。今後マグネシウム摂取の重要性がさらに認知され、正しい食育が行われる事が切に望まれます。

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