悪阻の時に白いご飯が食べられないのは何故?

公開日:2021-07-15

MAG21研究会のメンバーで東京慈恵会医科大学客員教授・慈誠会病院産婦人科部長 恩田威一先生の論文『悪阻の時に白いご飯が食べられないのは何故?』が、相模原市医師会報2021年5月号の会員寄稿に掲載されたのでお知らせします。

悪阻の時に白いご飯が食べられないのは何故?

慈誠会病院 恩田威一

悪阻(おそ)(つわり)の時に白いご飯が食べられなくなる人がいます。原因は何故でしょうか?
① 味覚の変化②嗅覚感度③炭水化物の消化不良があると思われます。

①悪阻時にはMgとZnが不足した者ほど味覚が低下する事が報告されています。
味覚受容体細の味蕾、味覚神経系への妊娠の影響が考えられます。

②通常ではご飯を炊いた時の臭いが心地よく感じられます。悪阻の時にはアンモニアの臭いの感受性が増し、微量のアンモニアが不快な臭いと感じられるようになります。殆どの食品には微量のアンモニアが含まれていて、冷えた冷蔵庫の中でこれら食品に含まれるアンモニアは容易に気化し、冷蔵庫の中がアンモニアで満たされ、扉を開けた時に大量に流れ出し悪阻、妊婦は悪臭を感じます。アンモニアはサランラップⓇを容易に通過します。アンモニアはポリエチレンの方が通過しづらいです。妊娠していない時には冷蔵庫の臭いは気になりません、ご飯も暖めるとご飯に含まれているアンモニアが容易に気化します。炊いたご飯の匂いが心地良いと感じられますが、悪阻の妊婦では嗅覚感度が増し、不快な臭いに感じられます。

③炭水化物の消化不良
今回は③について詳しくご説明します。
以前私が、悪阻の酷い妊婦さんと悪阻の無い妊婦さんそれぞれに飴とブドウ糖と塩飴を舐め比べて貰った実験があります。悪阻の無い人ではこれら3 つが美味しく感じられますが、悪阻が酷くなると塩飴が美味しく感じられますが、飴が不味くなり舐められなくなります。
塩飴には一般的に砂糖と少糖類と塩が含まれていて、飴には塩が含まれていません。糖分の消化にはα−アミラーゼとClが必要で、Clが不足すると糖分の消化が上手く起こらない事が報告されています。糖鎖が長い侭では粘度が高く、美味しく感じられません。糖鎖が短くなる程サラサラして美味しさが増します。
生理学の教科書には唾液腺若しくは膵臓の腺房からα−アミラーゼとNaとClが分泌され、体内でNaが不足すると腺房から消化管(口腔)に繋がる導管でNaが能動的に再吸収されClが受動的に再吸収されると記載されています。
妊娠時に子宮を中心に血流量の増加があり、血液量の増加に合わせて大量のNaとClが必要となります。
通常、唾液中にα−アミラーゼとNaとClが含まれていますが、塩っぱく感じられません。不足しても塩味の低下を感じられません。口腔内でα−アミラーゼとClにより多糖類少糖類の側鎖が切断されると、粘度が低下して美味しく感じられるようになります。悪阻の妊婦の小腸でも炭水化物の消化低下が発生していると推測されます。澱粉はブドウ糖まで消化されると吸収されます。Naが吸収を助けますが、妊娠時には消化吸収されなかった炭水化物は腸内細菌でガスに変えられゲップが出やすくなったり放屁しやすくなったり、妊娠初期で未だ子宮が恥骨の裏に隠れていて外から目立たない時期なのに、妊娠前から履いていたズボンが急にきつくなったりします。お腹を冷やすと腸に溜まったガスのために腹痛の原因になったりします。時に持続性の激しい腹痛となります。妊婦さんの場合には腸に溜まったガスのため熟睡出来ない場合もあります。このような時にバスタオルを縦2 つ折りにして腰腹部に巻いてみると腸が動いて数分の内に軽減する事もありますので試してみると良いでしょう。腹部打診で鼓音があれば鼓腸の可能性があります。
悪阻時には炭水化物を食べても美味しくなく、消化吸収不良のため血糖値が上がり辛くなります。血糖値もインスリンも増えなければ、白いご飯を無理して食べても悪阻の改善は見られません。お粥も塩分を一緒に摂取しなければ、消化吸収の改善は望めません。悪阻の妊婦さんの場合には果物しか摂取できない人もいます。果物に含まれる糖は果糖、ぶどう糖、蔗糖ですから、腸から吸収されやすく、血糖値が上がりインスリンが増えれば副交感神経活性優位過ぎる状態が改善され、悪阻の軽減が望めます。
悪阻の人でトーストは食べられないが生のパンを食べられる人がいます。通常パンには塩が含まれています。パスタやピザにも塩が含まれているので食べられる人がいます。マックのフライドポテトを好む悪阻の人がいます。ジャガイモは本来GI値が高く、吸収されて血糖値が上がりやすい食べ物ですが、塩が掛かっていると消化されやすいので好まれます。ジャガイモ100g 中にMg 40mg 含まれるので高Ca 血症による腸蠕動抑制胃液分泌亢進の改善が見込まれます。悪阻の症状の一つに腸蠕動抑制と胃液分泌亢進があります。Mg とCa の生理作用は基本的に拮抗します。冷たい炭酸水が好きな人も居ます。悪阻の人は胃腸の蠕動が低下しています。少量の冷えた炭酸水は蠕動を助けます。コーラの飲み過ぎは健康に良くありませんが、ブドウ糖が含まれていて血糖値が上がりインスリンが増えて悪阻の軽減が望めるので、悪阻の方でコーラが好きになる人がいます。
悪阻で炭水化物の消化が悪いと舌や喉の粘膜にのり状に付着し喉の違和感を訴えます。舌に付着した炭水化物は味覚感度にも影響がありますが、これにアミノ酸が含まれると口腔内細菌で発酵し、塩飴を舐め初めた時に溶け出して苦い味を感じたり磯の臭いを感じたりする人がいますが、そのまま塩飴を舐め続けると美味しく感じられる様になる人も居ます。喉違和感は塩飴を舐めたり塩昆布を食べると喉の違和感改善が期待されます。
悪阻が重症な程、副交感神経活性が優位であることが知られています。そのために唾液分泌過多となり生活に困る人がいます。この様な時に小さめの粒の塩飴を舐めると唾液分泌過多が改善します。本医師会誌3 月号で解説したように、塩飴が消化吸収され血糖値が上昇し、インスリン血が上昇し、交感神経が活性化され、自律神経のバランスが改善し、唾液分泌過多が改善すると考えられます。
一般的に妊娠高血圧症候群予防目的に塩分制限が推奨されています。処が、妊娠時には子宮血流が10 倍に、脳と肝臓は変わらず。臓器により血流増加率は異なり、体全体としては1.4 から1.5 倍増加します。非妊娠時には普段の10 倍塩分を摂取しても10 分の1 しか摂取しなくても血清浸透圧は一定に保たれますが、妊娠初期には血液の増加速度が急激のため、塩分が不足すると浸透圧が低下し、悪阻の症状が出やすくなります。妊娠末期は体全体としてNaClとして50g 増加した状態との報告もあります。
妊娠初期に急激な血液量増加があります。もし子宮胎盤に血流不足があると妊娠20 週を過ぎた頃から重症妊娠中毒症を発症する危険性があります。子宮胎盤血流が正常に保たれる事が大切です。その為にNaClの調整が自動的に行われ、白いご飯の味に影響しているのです。(相模原市医師会より掲載許諾を得ています)

参考資料:
恩田威一: 悪阻の時に白いご飯が食べられないのは何故?.相模原市医師会報 58:340-342, 2021

【コメント】
恩田威一先生が『悪阻の時に白いご飯が食べられないのは何故?』について解説されているので紹介いたしました。悪阻時にはマグネシウム(Mg)と亜鉛(Zn)が不足した者ほど味覚が低下する事、マグネシウムは悪阻の症状の一つに腸蠕動抑制と胃液分泌亢進があることなどが解説されています。

マグネシウムはカルシウムの陰に隠れて来た永い歴史があります。わが国の国民一人当たりのカルシウム摂取量は、厚生省(当時)が国民栄養の現状として戦後1946年来毎年調査報告し、厚生労働省が国民健康・栄養調査として2003年来毎年調査報告しています。一方マグネシウム摂取量は、カルシウムの調査報告より55年後の2001年から厚生省が調査報告を開始しました。カルシウムと比較し、マグネシウムはそれほど研究されていない“オーファン栄養素(Orphan nutrient)”です。この為、マグネシウムに関する国の認知が相当遅れたため国民の認知が更に遅れています。

マグネシウムは健康にとってとても重要な必須・主要ミネラルです。にも拘わらず、永年にわたりほとんどの医師がこの不可欠なミネラルの血中マグネシウムを測定することもしませんし、様々な臨床症状も見過ごして来たのが現実です。

マグネシウムの摂取不足は虚血性心疾患、高血圧・糖尿病・メタボリックシンドロ-ムなどの生活習慣病、歯周病、喘息、不安とパニック発作、うつ病、(慢性)疲労、片頭痛、骨粗鬆症、不眠症、こむら返り、便秘、PMS(月経前症候群)、悪阻(つわり)、胆石症、尿路結石、大腸がん、すい臓がん、動脈硬化、全身性炎症性疾患、そして長期記憶、アルツハイマー病など様々な疾病・病態とも密接に関連していることが基礎的・疫学的・臨床的研究でも明らかにされています。今後マグネシウム摂取の重要性がさらに認知され、正しい食育が行われる事が切に望まれます。

マグネシウムに関する様々なご質問を心からお待ちしております。

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